太平洋戦争の末期、「鉄の暴風」と言われるほどに多くの空襲や艦砲射撃、それに地上戦による無数の砲弾にさらされた沖縄は、およそ1万トンが不発弾として残ったと推定され、本土復帰後に地上で発見されたものは陸上自衛隊の不発弾処理隊が処理を続けています。

こうした中、処理隊には23日も日中に複数の不発弾の発見情報が寄せられ、対応にあたっていました。